気乗りのしない鬱の状態がしばし続いている。
躁鬱の激しい私だから、もう日常的出来事で、
あんまり改善しようとせず、白旗を揚げているのだ。
だけど、緊急だが重要な事をしなくては、即、
「負け組」になってしまう昨今では、
鬱を楽しむ余裕もなくて、どうもつまらない。
好きな事しか出来ない私だ。
昔、「出来る」友人から、「君は好きな事しかしない」
と、断罪されたことがある。
苦しくてこそ、仕事、人生。その果てにこそ、幸福が
待ち構えている。そう、確信し、行動し、その通りに
地位と名誉をつかんだ彼。
そんな、彼から言い放たれた。
私は楽しい事しか出来ない人間だ。
苦しくとも不変の信念でことをなし続けて、
築き上げる事が出来ない。
かならず途中で鬱に入り、それがきっかけとなって、
積み上げたものを壊してしまう。
そうなると、好きな事しか出来なくなる。
繁華街をぶらぶらと散策したり、
カメラをぶらぶらと持ち歩き、一人撮影会にいそしんだり、
酒を飲めないから、その代わりに映画を見続けて、
アル中じゃなくて、映画中になったり、
人の機微を織り込んだ、小説をむさぼりよんで、その世界に
とけ込んだり、
本屋の迷路に迷い込み、表紙の言葉をきっかけにして、
世の中の不条理を拒絶する壁を心のうちに突き立てて、
一人妄想の世界にしけ込んだり、
それはそれは、「好きな事しかしない」
まあ、こんな人間だから、世の中の大社長が書く、
ありがたい目標達成物語りに、あこがれこそすれ、我が身の
物語りにはなりはしない。
かくなる上は、楽しい事を人生の伴侶にするしかないか。
今日も、最後の落ちが、落ちずに終わるブログだな。
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を読む。
生命とはなにか?
「自己再生」「自己増殖」する存在。
細胞が常に死に、その代わりの細胞が生まれ、
DNAの設計図通りに、おなじ生物を形作る。
同じ様な私でも、細胞レベルでは違う人。
DNAはその基本“文字”は4種類しかない。
それが螺旋状に対になって組み合っている。
これが発見された、歴史的感動と、皮肉の物語。
生命の元となるDNA、再生し、増殖する。
螺旋を縦に切って、二つにわけ、相手がなくなった
片方に、短いDNA文字を寄り添わせると、
つながり合って、おなじDNAを創りだす。
細胞には必要な部品が有る。
それがどんな役割をするのか?
これを判断するとき、故意にその部分を壊す。
TVなど機械で考えれば、その部分を壊せば、
音が出なくなったり、画が出なくなったりする。
それで判断できる。
それを、生物でも同じように、昨今の科学は出来る。
そう簡単ではないが。
そして、重要と思われる部品が欠けた、ねずみがうまれた。
さて、どんな障害が出たか?
全く、でない。
なぜだ?
生命が欠陥部分を補ったのだ。
何かが欠けてしまうと、そのままにはしておかず、
生命はそれを補う。
そして、全く問題がないようにする。
だけど不思議なのは別の点にある。
完全に重要な部分が欠けた、完全な螺旋状に対となった
DNAをもとに、ねずみを作ると、上記の通り問題がない。
が、問題のあるDNAの頭を切り取った。その不完全な
DNAをもとに、ねずみを作ると、障害がおきた。
狂牛病のような症状。
ふるえ、しびれ、動作不能とうとう。
DNA、生命は不完全な完全ならば、自己修復できるが、
そのDNAの一部が欠けていたとき、その折重なりが、
ほんの少し崩れる、生命が気づかぬほどに、それが、
編み上げられて、形作られたとき、その欠陥が致命的な意味を持つ。
著者は語っている。生命は二度と開かれない折り紙のようだ。
一度、間違った、ずれた、折り方をしてしまったら、
そのまま、時間の流れの中でおり続けられて、二度と再び
おり直す事は出来ない。
それが生命である。
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仕事から帰って、しばしmacをいじる。
至福の時だ。
しかし、妻がそれを見て、
あなたはパソコン(macをたんなるパソコンという、
なんたること!)が亡くなると、
家族が亡くなる以上に悲しむ人だと、
勝手に決めつける。
何たる悲しさだ。
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書く事の意味がわからない。
だから、日記とか、ブログとか、だいたい三日坊主
で終わってしまう。
書く事が嫌いではない。読む事が好きなように、
好きだからこそ、書きたい衝動に駆られてしまう。
書く事は興奮するし、達成感もわき出してくる、
それに、自分には希少価値のある有意義な事
なんだろうなと、ぼやけた確信が有る。
しかし、開け放った、冷静で、客観的な
思考で、「なぜ書くんだい?」と、自分自身に
問われると、とたんに答えに窮して、やる気もなくし
筆を折る。
人というのはなぜ?文章を書くのだろうか?
そんなおり、こんなブログを読んだ。
「My Life Between Silicon Valley and Japn」
梅田望夫氏のブログ。
web2.0とか、その関連の本を書いている
人ぐらいの認識しかないが、知る人ぞ知る
なので、ご存知の方が多々おられると思う。
その中、
があった。
同氏が「中央公論」にて書いた内容を、
同編集部の意向でブログに公開したものだ。
とても興味深く読み、これからの知識の消費と、
生産について、あれこれ興味深く、感慨深く、
考えさせられた。
これからは、「組織ではなく時間の勝負になる」
とあった。
これからの知的活動において、どこの組織に
属していることが、強みではなくなり、時間を
どれだけ持っているかが、重要になる。
グーグルとウェブを組み合わせると、世界中の
知識を、誰もが無料に、無数に引き出し、吸収すること
が出来るようになるから。
組織ではなく、時間が勝負を決める。
「在野の時代」が来ると思っている。
主流となる組織に属していなくても、たとえ、在野の立場を
彷徨していても、知性の発展に何ら支障がなく、
それどころか、組織の中で忙殺されて、時間を持たない、
専門家より、時間のある在野の彼らの方が、豊かな知的消費と、
生産が行える。
すなわち知識の時代である、現代では絶対的な価値となる。
さて、「書くこと」このこと、その意味。
同氏は絶妙に、的確に、その意義と価値を言い表した。
以下のように。
最後に読者に伝えたいことがあります。広く「知的生活」
と言いますが、知的生活というのは知的消費と知的生産
を含んだ概念です。梅棹忠夫が述べているように、本を
読むだけで終わるなら、それは知的消費であり、感想文
を書くなりして初めて知的生産になる。その差は突き詰
めて言えば「書く」かどうかにある。知的生活を充実さ
せるにあたり、最初の関門は「書く」ことだと思います。
「書く」そのことに、迷いやすく、時折安易な自堕落に陥る癖の
ある私に、この言葉は、一本のあぜ道を作ってくれた様な気がする。
いかに駄文であろうが、「書く」その行為に、「知性」が並走している。
「書く」ことが、「読む」その結果を、路頭に迷わせる事なく、安住の場
所を導く。
その中から、また、「読む」ことが生まれ、「書く」意義と価値が生まれる。
これほどの、意味があるならば、「書く」事を手放すのは、
実に悲しく残念なことである。
たとえ、手放しで賛美してくれる人がいなくても、在野の孤独を抱えつつ、
しばし、このブログを続けてみようかしらんと思った。
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「必要なのは売る営業努力ではなく、
売らない営業努力だ」
この感動的で、驚くべき名言を放ったのは、
日本でワイナリーを営んでいる、有賀雄二氏だ。
今回の日経ビジネスに同氏の記事が載っていた。
「ワインは海外がいい」という風潮の中、
日本のワインは全く売れず、売るために低価格で
販売したが、品質を落とす事になり、よけい相手に
されなくなった。
今では、多くの農家がぶどうを作らなくなり、
畑は荒れ放題か、宅地となった。
その中、有賀氏は質のいいワインを追い求めた、
日本のワインの本当のすばらしさをわからせるため。
念願が叶い、すばらしいワインが生まれた。
それを、海外のバイヤーに試飲させた。
彼は驚き、叱った。
このワインは安く売りすぎている。
仕事が無い。いいものを持っていても、その現実の
中で、迷い、苦しみ、安易な方向へ流れる。
安く、安易に、市場に流す。
それが、市場を狭め、品質を劣化させ、人からの拒絶
を受ける事を知らずに。
仕事が無い恐怖感と、無気力を、深く思い知りながら、
それをなすがままに流すのではなく、激流だろうが、
踏ん張りながら、高く高く進んでいかなくてはいけない。
あえて。
「必要なのは売る営業努力ではなく、
売らない営業努力だ」
生まれた幸福を貴重にするために。
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午前中は緊急じゃないけど、重要な事をやろうと
している。
だから、本を読んでいる。仕事もせずに。
だって、未来を考えるんだから、ルーティンワークを
やる余裕はない。明日のために、脳に知識を叩き込まなきゃ
いけない。
何たって、仕事が無い。少なくなっている。
一従業員だけど、そうもいってはいられない。
自分の足場が小さくなっているから。
指をくわえて待つのではなく、誰にも相手にされなくても、
前に進まなきゃ行けない。
今日はマーケティング本を一冊読む。

"究極のマーケティングプラン シンプルだけど、一生役に立つ!お客様をトリコにするためのバイブル" (ダン・ケネディ)
日本で有名なマーケッターが言っていた様な
事が書いてある。何たって、彼らの古典的教科書。
シンプルで、わかりやすく、ああ、こんなこと
あの人が書いていたなと、思い出す。
マーケッターと言えば、頭と口先でスイスイ商売している
イメージがあるが、この人以外と泥臭い行動派。
それを示すいい言葉があった。
どんなビジネスでもある程度時間と費用を割いて、
徹底的に恥も外聞もなくやってみる事が大切だ。
やっぱり、気が重くても、先が見えなくても、自分が醜くても、
DMを出して、電話をして、WEBをUPして、徹底的に恥も外聞も
なく、実行してみなきゃいけないな。
あしたもがんばろう!
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時間は大切だから。
とりあえず思いついた事を行動してみた。
展示会の時にもらった、書籍を朝一番に目を通した。
IT系の雑誌に行動心理学について書いていた。
誰しもやる気の浮き沈みがある。それは当たり前の事、
思い切り沈んだ後にこそ、思い切って浮き上がる。
落ち込む事、無気力になることを恐れては行けない。
とあった。また、
たとえどうしようもないと思った時でも、動く事、
歩む事を止めないという点、それでも何とかなるのでは
ないかと、世界の良さを信じる。楽観主義、行動重視。
そんなことが書かれていて、どうしようもなく落ち込む自分に、
少しの勇気を与えてくれた。
この人の話では、無気力とはいつか抜けられるもので、
それを抜けた時には、自分の力を存分に発揮できるとある。
一番悪いのが、もうここから抜けられないと、誤った学習を脳が
してしまうこと。
幾たびかの失敗や、悪い結果で、脳が自分はこのままの状態で、
浮かび上がらず終わるのではないかと、学習してしまう。誤った
学習を。
これは、現実、事実ではない。単に学習しただけだ。
そこで、学習的支援感を培うといい。
世の中は自分の力で変化できる。
調子の悪さは一過性のもの、まわりに支援が満ちている。
自分もまわりを支援できる。
こう、自分に語りかけ、学習させる。ようは日々思考の癖を正すのだ。
こんな感じでやっていけば、光る未来は手のうちにって、
感じかな。
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休みの日のひと時は、たいした事もなくすぎていく。
こんなひと時がとても楽しい。
座椅子に座り、macを膝に乗せてブログを読み、
YOUTUBEを見て、ブログを書いて時間を過ごす。
こんなぼんやりした時間の過ごし方が、無性に楽しい。
自分には、これが合っているのだ。
今、坂本龍一のピアノを見ている。
YOUTUBEで。
柔らかく、繊細で優雅、高尚で戦慄。
昨日、上高地に行ったことをブログに書いたが、
そのとき昔からの友人も一緒だった。
数少ない、私に対し、肯定的な感情を持った人間だ。
彼がいった。自分に自信を持った方がいい。
それは、君は音楽とか、写真とか、映画とか、高尚な
芸術を理解できるから。
確かに、好きだ、愛している。高尚といわれる芸術を。
音楽もクラッシクだったり、映画もヨーロッパものを
愛でている。小説も一度読み始めると止まらなくなる。
しかし、それがどうしただ。あまり得した事もなく、
社会生活では困った事になる。本来、仕事の事で興味を
抱かなくては行けないのに、そんな事よりも、それらに意識の
ほとんどを吸い取られるのだから。
生まれも、僻地の田舎。映画館すらろくにない地域。
自分でも、どうして興味を持ち、愛してしまうのか?
不思議で仕方がない。両親も、環境も、それらから隔絶された
存在なのだ。
それをいうと、そんな事には聞く耳持たず、彼は同じ事を私に
繰り返し、自信と勇気を持つように言う。
彼のその言葉を聞くうちに、心にぽっかり灯火がともったような
暖かさが感じられた。
人は、もっと無防備に、自分の持っているものを、肯定しても良いと、
うすぼんやりだけど心の奥で垣間見た。
今は、さほど他人も自分も幸福には出来ないこの、芸術を愛する、
愛してしまう癖だが、いつの日か人も自分も幸福にする鍵となるかも
しれない。みすみす、自分に有る得意な部分を削る事もない。
自分自身にある流れの様なものに、手放しの、自信と勇気を持つ
ことが人には必要な事がある。

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2008年5月16日
とうと上高地にいった。
会社の数名と夕方出発し、夜中に
沢渡の駐車場に入る。
車の中で、寝袋を敷きみんなでごろ寝。
狭くて体が痛い。
2008年5月17日
早朝6時に上高地に出発。
ここからはマイカーは通行できない。
指定されたバスか、タクシーにて、
上高地に入る。

上高地の観光センター
早朝6時30分とても寒くて、念のためと持ってきていた、
ジャンパーとトレーナーに助けられる。
人は閑散としており、ゆっくりと上高地の一歩を噛み締める。

河童橋
朝の上高地は曇り気味。

流れる川は澄んで信じられないほど美しい。
遠くの山々は雪を抱いている。

途中の池にはカルガモの親子。
全く、人を警戒せず。

風景を楽しみながら。

明神池にたどり着く。
観るのに300円はちょっと痛い。

人の手が入った様な、造形美。聞くと自然のまま。
それにしても、水が澄んでいる。驚くばかりだ。

それから風景を楽しみつつ、てくてく歩く。
アップダウンがないので、散策気分で楽に歩ける。
とにかく、自然を満喫しつつ、よけいな事を考えず歩くに限る。





徳沢キャンプ場
徳沢キャンプ場に到着。
今回のゴールはここまで。

昼頃の空は晴れ渡り、上高地の美しさをより、
際立たせた。キャンプ場の中には巨木があり、
冒険者の到着を見守っていた。(おおげさ!)
今度は、キャンプをしたくなる。ちなみに1人
500円。
案の定、携帯電話は圏外。
ここまで来て、携帯電話云々は少々悲しいか。
それにしても、澄んだ空気と、落ち着いた緑。
仕事の企画や、戦略を練るには最高の場所。
仕事の関係で、僻地通信を行っているが、こんな
リゾート地にシステムを設置し、ネットやメールで
連絡が取れるようになれば、自然を満喫しながら、
思い切り脳を働かせて、知的生産が出来そうだ。
そうしたら、私は一番乗りで仕事をしたい。
これからは、リゾートとビジネスが結びつく時代に
なるのではないか。

戻ってきた河童橋は、観光客でごった返す。
朝通った時とは、別世界のよう。
ここで、上高地を堪能し、満足して帰る人も
多いらしい。ちょっと、物足りないのではと
思うが、川も、山も、空も十分美しいので、これでいい
と、達成感を持つ人もいる。
十分体力を使い果たした、我々は、安い温泉につかり、
帰途につく。
本日、筋肉痛が少々と、体の疲れ大。
しかし、またいきたいとの思い強大。
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